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小江戸物語(ブログ)

幕末の英雄、西郷どんは孫子の達人?

  • studioshowinfo
  • 2017年8月7日
  • 読了時間: 4分

幕末の英雄伝で、最も重要なのは、西郷隆盛と坂本龍馬だった

と思う。理由は、この両名がいなければ幕末は起こり得なかった

のだから・・・

坂本龍馬も謎だらけだが、この西郷隆盛ほどの謎に包まれた

人物もいない。その理由は、西郷隆盛は孫子の達人でなかった

のだろうか?と思う。実直な性格で真実一路のような代名詞の

ように感じる。その孫子の中に同じ手は二度と使うな。上手く

いった手は人情としてまた使いたくなるが命取りになるという

説がある。同時に、だからこそ何の実績も高名もない策士の

術がもっとも効果を上げると説いている

西郷隆盛は足跡を消していたのだと思う

では、なぜ、両名がいなければ幕末は起こり得なかったのか?

西郷隆盛は島津斉彬の使いで日本中の大名と面識があり

斉彬亡き後は当代最も顔の利く人物だった。一方、坂本龍馬は

勝海舟の使いで、これまた日本中の大名と面識があった

この両名とも日本中を歩き回っている

この両名の根回しと情報交換により薩長が旗揚げをする

世情というか土俵を作り上げていった。中岡慎太郎は

坂本龍馬の親友で当代随一の秀才だが人脈はない

久坂玄随は長州藩士でこれまた当代随一の秀才だが人脈はない

他にも有名な人物は大勢いるが、この両名に比べて人脈はない

両名の徳川家に相当するほどの人脈が幕末の根回しを可能にし

長州や薩摩という僻地の一大名が上洛するのを準備したのである

さて、西郷隆盛の本当は、たいした人情家だったように思う

実直で頑固な性格が災いし二度も三度も島流しにあってる

そんな藩の決定に不服を示し絶食で反旗を翻したと古文書に

残している。ところが、その島で嫁をつくり、今でいう重婚だ

そして子供まで多くを設けている

藩命により京から討幕派の著名な僧侶を連れだしたものの

薩摩藩と幕府との微妙な状況の変化で藩命が一転し西郷隆盛に

僧侶を処刑しろと下知が降りた。舟に乗せ海に出たものの

どうしても僧侶を斬れず嵐にあい難破し九死に一生を拾っている

西郷隆盛の大器はそういう性格をも周りの者達を包み込んで

いたように思う。現に、西南の役で隆盛は没するも、隆盛の

親戚や家族子供たちは政府の要職を務め大家族仲良く人生を

全うしている

その西南の役は、隆盛自身が新政府に対抗したのでもなく

または反乱軍に乗せられたのでもなく、信頼している新政府

への土産として反対勢力を大きな器で包み込み新政府に大きな

エールを贈ったのではと思う



江戸時代の町民文化に急速に人気が高まっている

その理由は何だろう?

1)今日と違い庶民は自由と平等を謳歌していた

2)他人を思いやる心の豊かさと粋があった

3)人生を楽しんでいた

小説や映画やTVドラマに出てくる身分差別や 滅私奉公や切り捨て御免などの恐怖社会は

どこにもなかったようです

むしろ、そのような息苦しい社会は明治維新から

始まったようで明治に訪日した欧米人の日記から

江戸時代の心の豊かさが伝わってきます

それが江戸町文化への人気の高まりのようですね

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